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2011年8月

陽に向かう花

ひまわりの種を植えて、ちょうどひと月が経ちました。

現在のひまわりくんたちは、こんな感じ。

Himawariproject15

だいぶ大きくなったけど、最近ちょっと元気がない?

病気かな…?ちょっと、いやかなり心配。

どんなに小さくてもいい。

どうかキレイな花を咲かせて。

今の私にとって、このひまわりは唯一の希望だから。

5ヵ月

3.11の大震災から、5ヵ月が過ぎました。

日々は今日も震災前と何ひとつ変わらず過ぎていくけれど、
震災前と何ひとつ変わらない日々はもうどこにもありません。

津波の被害を受けた町は、今ではすっかり瓦礫が片付きキレイに
なった所が多くあります。でもそれは見かけだけのことで、それを
復興と呼ぶには難しいと思います。

瓦礫が片付き町の面影がなくなってしまったことを、果たして復興と
呼べるのだろうか。そんな疑問さえ浮かびます。

何をもって復興とすべきか。その意味、それまでの過程をよく考え、
一方的な復興イメージを押し付けるべきではないと思います。

福島は他の被災地と違って、復興とはほど遠いところにあります。
状況は悪化する一方で、県民も肩身がせまい。

原発事故の収束には、数十年を要すると言われています。
おそらく、いやきっと、私が生きているうちには原発事故の終わりを
見届けることはできないでしょう。

気が遠くなるような長い年月を、私たちは原発事故とともに、
この震災とともに生きていかなければなりません。

去るも地獄。残るも地獄。

その言葉がいま、胸に突き刺さります。

先が見えない日々というのは、予想をはるかに超える苦痛の
日々だと思います。多かれ少なかれ、福島の人はみんな、
その苦痛を抱えています。

でも、だからこそ思います。他の被災地には一日も早く復興して
ほしいと。福島ができないことを、ぜひ成し遂げてほしいと。

同じ東北の岩手・宮城にはとくにそう願います。

どうかすべての被災地から、悲しみが消えていきますように。

福島は、最後についていくよ。

5回目の、14時46分

8月11日 14時46分

黙祷。

海に向かって手を合わせる人。

瓦礫が片付き何もなくなった町の跡で手を合わせる人。

心のなかでそっと祈りを捧げる人。

それぞれが、それぞれの悲しみや想いを抱えて、
それぞれの場所で迎えた、5回目の11日。

3月11日14時46分で止まったままの時計と、
新たな時を刻み始めた時計。

そのふたつを持って、私も今日を迎えた。

亡くした人の分まで生きるために。

ふるさとを復興するために。

みんな力強く前へ進もうとしている。

被災地で涙が見られることは、だいぶ少なくなった。

それでも、傷が癒えたわけではない。

せめて今日くらいは、肩の力を抜いて、強がるのをやめて。

あの日に思いを馳せて、亡くした人や失くしたものをしのんで。

心のままに、思い切り泣こう。

毎月11日くらいは、何もかも忘れて泣いてもいい。

あの日を忘れないために。

前に進むために。

泣くことも、きっと必要なこと。

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