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2011年9月

希望が咲いた

今月初め、7月から育てていたひまわりが無事に花を咲かせました。

病気になったり、激しい豪雨にさらされたりして、成長が危ぶまれた
ときもありましたが、期待に応えて立派な花を咲かせてくれました。

Himawariproject21_4

今年、福島の夏はひまわり一色になりました。

県内各地でたくさんのひまわりが花を咲かせ、太陽に向かって
凛と立っています。

県民の未来への希望をたくしたひまわりの花。

うちのベランダで花を咲かせたこのひまわりも、
私にとって大きな希望。

「山」と「風」と名付けたふたつのひまわりは、私の大好きな
嵐のように、私に癒しと元気を与えてくれています。

この花が咲いたら、また一歩前に進める。

そう思いながら育てたひまわりです。

願いどおり花を咲かせてくれたから、私もまた頑張らなくちゃと
心新たに思いました。

半年

3.11の大震災から、ちょうど半年が過ぎました。

世の中は震災半年の今日を節目とし、何かを終わらせようと
している気がしてなりません。何ひとつ、終わっていないのに。

節目というのは、結局は被災地外の人から見たものなのだと
思います。私たちにとっては、5ヵ月も半年も一緒です。

ある意味、毎月毎日が節目であり、節目ではない。

ライフラインは復旧し、瓦礫の撤去は進み、物資も流れるようになり、
あの日よりは確かに復興に向けて進んではいます。けれどそれは
見かけだけのこと。

本当のところは、あの日から何も変わってはいないのです。

人々は前向きになったり、後ろ向きになったり、一喜一憂です。
それだけ大きなことが起きてしまったから。

それでも、被災した人間が一番頑張らなきゃいけないんだなぁと
思います。一番頑張れるのは、被災した人間だから。

ふるさとの復興は、ふるさとに生きる私たちがやらなければ
なりません。ふるさとを復興させられるのは、私たちだけだから。

震災の記憶はすでに風化しつつあります。それにストップをかけ、
あの日の記憶や被災地の様子を伝え続けていくことも、私たちに
しかできません。

だから、私は発信し続けようと思います。

あの日の記憶を。被災地の様子を。ふるさとの現状を。
私たちの想いを。

それが誰にどのくらい伝わるのかは分かりません。

それでも、たった一人にでもいい、届くのなら伝える意味がある。
そこから想いが伝染していくかもしれないから。

できることは、これくらいしかありません。

それでもきっと、私たちにしかできないことだから。

だから、伝え続けようと思います。

誰かに届くように、祈りながら。

6回目の、14時46分

9月11日 14時46分

黙祷。

海に向かって手を合わせる人。

慰霊祭の場所で目を閉じ手を合わせる人。

心のなかでそっと祈りを捧げる人。

それぞれが、それぞれの悲しみや想いを抱えて、
それぞれの場所で迎えた、6回目の11日。

3月11日14時46分で止まったままの時計と、
新たな時を刻み始めた時計。

そのふたつを持って、私はまた11日を迎えた。

放射能問題がある福島も、津波の大きな被害を受けた
岩手・宮城も、復旧・復興には正直まだ遠い。

それでもみんな、歯をくいしばり、唇をかみしめて、
一生懸命ふんばっている。

でも、今日くらいはあの日に戻って、思い切り泣こう。

亡くした人も失くしたものも、もう二度とは戻らない。
けれど、泣くことが何よりもの餞になると思うから。

泣いて、泣いて、泣いて。

たくさん泣いたら、その分だけまた前に進めると思うから。

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