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2011年10月

季節に取り残されて

震災から7ヵ月が過ぎ、気がつけば10月も後半。

今年は季節を感じるゆとりもなく、ただ時間だけが過ぎて、
季節に取り残されたまま過ぎた、今日までの日々。

春の桜も、夏の湖も、楽しむことなく過ぎてしまいました。

心にゆとりが生まれたとは言えませんが、このまま季節を
感じることなく冬を迎えてしまうのは、ちょっともったいない
ような気がして。

せめて、秋の紅葉だけは見に行こうか。

と、思い始めたところです。

Photo

写真は以前のものですが、山は日ごとに秋色を増しています。

7ヵ月

3.11の大震災から、7ヵ月が過ぎました。

多くの人が悲しみを新たにしましたが、TVではその様子さえ
ほとんど伝えられることはありませんでした。

報道番組で取り扱っても、せいぜい2~3分がいいところ。
ただ淡々と、「震災から7ヵ月が経ちました」と事実を告げるだけ。

なんだか、とても悲しくなりました。

先月の11日で、震災からちょうど半年を迎えました。
TVでは、口々に「これが節目です」と言っていました。

そのときからずっと思っていました。
これで震災を終わりにするつもりなんだと。

被災地ではない地域の人たちに、節目だと言われ一方的に
ピリオドを打たれてしまった。まだ何も終わってないのに。

結局、被災地の感情は汲み取られず、私たちはまた時間に
取り残されてしまったような感じがします。

これほど悲しいことはないです。

時の流れとともに、記憶は風化していくものです。
それは仕方がないことです。

被災地ではない地域の人に、片時も震災のことを忘れずに
いてほしいと望むのは無理なこと。それは分かっています。

それでも、毎月11日は、月に一度だけは、思い出してほしい。
そう願っていました。けれど、それさえ叶わないのだと今日、
痛いほど思い知りました。

それでも、こうして私がブログに綴るのは、誰かには届くかも
しれないと思うから。たとえ届かなくても、私にできることは
これくらいしかないから。

誰にも届かなくても、しつこいと言われても、私はこれからも
震災を、福島を発信していこうと思います。

7回目の、14時46分

10月11日 14時46分

黙祷。

海に向かって手を合わせる人。

仮設住宅で手を合わせる人。

心のなかでそっと祈りを捧げる人。

それぞれが、それぞれの想いを抱えて、
それぞれの場所で迎えた、7回目の11日。

みんな、悲しみを新たにした。

心の時計は、3月11日14時46分で止まっている。
けれど、新たな時を刻むべく日々一生懸命。

津波の爪痕はまだ消えない。原発事故の収束はほど遠い。
加えて、台風が甚大な被害をもたらした。今年は天災の年。

それでも、みんな頑張って。

だいぶ涙の数は減ったけれど。
だいぶ笑顔の数は増えたけれど。

今日くらいはあの日に戻って、思い切り泣くのもいい。

失ったものは、もう二度とは戻らないけれど。
泣くことが失くした人のため、自分のためになると思うから。

泣いて、泣いて、泣いて。

泣くだけ泣いたら、気も晴れるだろう。

また、前へ進むために。

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