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10回目の、14時46分

1月11日 14時46分

黙祷。

数多の命を飲み込んだ海に向かって手を合わせる人。

爪痕残るふるさとや、遠く離れた避難先で手を合わせる人。

心のなかでそっと祈りを捧げる人。

それぞれが、それぞれの想いを抱えて、
それぞれの場所で迎えた、10回目の11日。

記憶は月日の流れとともに風化するもの。
悲しみは月日の流れとともに蓄積されるもの。

被災地の外では一日ずつあの日が遠くなっていっても、
ここに生きる私たちは一日ずつ悲しみを新たにする。

全国版の報道番組では、おまけ扱いしかされなくなった11日。
真実を伝えるべきはずの報道が、記憶の風化を助長している。

せめて11日くらいトップニュースで扱ってくれてもいいじゃないか。
あの日を忘れない、なんてウソばっかり。

そんな怒りさえ覚えた、10回目の11日。
でも、心を寄せ続けてくれる人がいる事実も知っているから。

そのことに感謝して、これからも生きていこう。
悲しさ、苦しさ、悔しさに加えて、怒りも覚えたけれど。

やっぱり今日の私を支配するのは悲しみで。
でも毎月11日は思い切り悲しみに浸ろうと決めている。

亡くした人にはもう何もできない。できることはせめて
故人を偲んで泣くことくらいだから。

思い切り泣いて悲しんで。
そうしなければ、前には進めないから。

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