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2012年2月

11ヵ月

3月11日の東日本大震災から、11ヵ月が過ぎました。

毎回11日が近づくと心落ち着かなくなる私ですが、今回もそうでした。
14時46分が来た瞬間、すべての時が止まるのを感じていました。
息をすることさえ忘れてしまいそうな自分がいました。

テレビでは「復興、復興」と声高々に言われていますが、被災地は
まだ何も終わっていません。まだまだです。悔しいくらいに。

岩手や宮城でさえもそうなのですから、放射能問題を抱えた福島は
もっともっと、まだまだです。長い、あまりにも長い闘いになります。

2012年2月11日現在、犠牲者の数は福島県内だけでも1900人を超え、
行方の分からない人も200人を超えます。東北3県の犠牲者の数は
2万を超えることになるのでしょう。

悔しいくらい、まだまだなんです。

それでも、記憶の風化は進む一方です。

東京であるアンケートを取ったそうです。
「震災の募金を止めてしまった理由はなんですか」というアンケートを。

答えの多くは、「もういいかなって思った」「関心が薄れてきた」
だったそうです。

悲しいです。本当に。

分かってはいましたが、こうして現実として突き付けられると、
あまりにも切ないです。まだ一年経っていないのに・・・

私たちのことを忘れてほしくないから、記憶を風化させないでと
願うばかりではないんです。

無駄にしてほしくないんです。犠牲になった人たちの命を。
被災地の悲しみや悔しさを。

この震災を教訓として、これからに生かしていってほしいんです。
だから風化させてほしくないんです。

無駄にさせないように私たちも頑張るから、私たちのこの想い、
どうか受け取ってください。被災地以外の皆さんにお願いです。

この想い、この願い。

どうか、届きますように。

私たちは、ここで、生きています。

失ったものと、ともに。

11回目の、14時46分

2月11日 14時46分

黙祷。

今は穏やかな海に向かって手を合わせる人。

離れがたい故郷や遠く離れた避難先で手を合わせる人。

心のなかでそっと祈りを捧げる人。

それぞれが、それぞれの想いを抱えて、
それぞれの場所で迎えた、11回目の11日。

年が明ける頃から、「震災から間もなく一年」っていう声を
よく聞くようになったけど。まだ10ヵ月を、11ヵ月を迎えて
ないよって思ってた。

私たちにとって、一日一日がとても大事。
私たちは、一日一日を生きるのが精いっぱい。
だから、そんなに急かさないで。

ずっとそう思ってきた。
今もそう思っている。

11日の14時46分は、すべての時が止まる瞬間。
息をすることさえ忘れてしまう。

それだけ、あの日のことは、大きな出来事だった。
簡単に言葉では言い表せない経験だった。

それは今も現在進行形。

いたずらにただ時間だけが過ぎていく。
まだ何にも終わっていないのに。

11日を迎えるたびに、悲しみ悔しさだけが増えていく。

でも、それと同じくらい笑顔も増えていけばいいなと思う。

まだまだあの日のことは、受け止めきれていない。
進んでいるようで、立ち止まったままの自分がいる。

でも、それでいい。

悲しみとしっかり向き合おうと決めたから。
悲しみと向き合うスピードは人それぞれだから。

今日は一日、気が済むまで悲しみに暮れていた。
そうすることで、少し、また少し前に進める気がするから。
そうしなければ、少しも前に進めない気がするから。

いつか心から笑うために。

今は思いきり泣こう。

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